「やったね。学年3位えらいじゃないか。」
小学5年生から通っている生徒がテストをもってきました。
すごく数学の苦手な男の子でした。
今回は98点という点数を取り、
学年3位という喜ばしい結果となりました。
しかし彼の目を見ると、あまり喜んでいないようでした。
「なぜなんだ。学年末試験は最も難しいテストだ。3位なら喜ばしいじゃないか。」
「先生、不思議なもので、1位を取れなかったのが悔しい
それに塾のテストに比べれば、学校のテストは決して難しいことはないです。」
「お前なあ」
と、思わずいつも君付けで呼んでいる彼を、お前呼ばわりしてしまいました。
「自分を褒めたたえてあげることも大事じゃないのか?」
「それに問題が易しいなどと言っているが、
学校の先生たちも、君たちの面倒を見て、学習指導をしながら、
多忙の中で作った問題だぞ。」
「もっと敬意を持つべきじゃないか?」
というと、
彼は少し赤面しながら、
「少し不思議なことがあるんです。先生の言うことはもっともですが、
人間の目標はどこまで持つのでしょうか?
成果を出しても、次々と欲望がやってきます。」
と彼は、小さな指を交えながら、そう尋ねてきました。
「○○君、そんなことを悩んでいるのか。」
「でもね、一つだけいい方法があるんだ。」
「どんな方法ですか?」
「君は人と比べているんだろう。
そうじゃなくて過去の自分と比べるんだよ。」
「人間の苦しみの一つに、『嫉妬』というのがある。
過去の歴史を見ると『嫉妬』によって、戦火の火ぶたが切られることが多い。」
「自分自身の、過去のステップアップを見た方がいい。」
と、古書からかじったような考え方を、
その生徒に私なりの見解を申し上げてみました。
「先生は言葉の魔術師だね。まるで自分が知らなかった言葉をドンドン投げてくる。」
礼儀正しく彼は、ぺこりとお辞儀をしてさようならといいました。
そして大切そうに、高得点のテストをファイルに入れ何度も確認していました。
心の中で、
「先生もなあ、かっこいいこと言っているけど、
大概のことは古書から学んだことだ。
決して自分の言葉じゃないんだけどな。」
と思いましたが、
ここは大きく背中を押して、彼に学年1位という、
至高の境地に達してもらいたいなと思いました。
明後日から春期講習が始まります。
明後日になると、数段大人になった彼がやってくるのでしょう。
そんな塾講師という職業に対して、私なりの誉れ、あたたかな幸福感を、彼が差し出してくれました。
生徒を通して自分を見る。
毎日毎日、この彫刻のような削りを、我が身に施し、
少しづつ、自分自身も階段を上っていければ、幸いだと思っています。
ちょっとした小話ですが、
今日あった、ほっとした出来事としてお伝えさせていただきます。