日夜指導していて、自分はいつも記録帳に自分自身に対する反省を書き込んでいます。ふと感じたことを、今日は書かせていただきます。
それは木簡とデジタル技術についてです。
人類の歴史において、情報をどのように保存し、伝えるかは重要なテーマであり続けています。かつての日本では、律令制を整え、詳細な記録を残すために木簡が使用されました。一方で、近代に入り急速に発展してきたデジタル技術も、我々の生活や文化に多大な影響を与えています。しかし、これらのテクノロジーは保存と記録の面でどれほどの持続性を持つのでしょうか?
木簡:持続性の証明
律令制の時代、木簡は多様な情報を保存する手段として用いられました。紙のように薄い木片に字を刻むこの方法は、単なる文字情報だけでなく、字体や筆跡まで保存するという利点がありました。この持続性は、近年でも木簡に書かれた歌や記録が発掘され、その貴重性が再評価されている事例で証明されています。
デジタル技術:便利さと脆弱性
近代のデジタル技術は、大量の情報を短時間で処理・保存できるというメリットがあります。しかし、その持続性には問題が数多く存在します。ハードウェアの寿命、ソフトウェアの互換性、データフォーマットの陳腐化など、時の流れによって情報が失われるリスクが高いのです。
皮肉なことに、木簡という非常にアナログなものが、1000年の歴史を保存できたことに対し、現代社会のデジタル技術はどこまで保損できるのでしょうか?
そんなことを考えます。